私のプロフィール

こんにちは。ペン姉さん(@penpenwaker231)と申します。

つい最近(2019年10月)までライターをしていましたが、体調不良により、無期限というか、気が向いたら復活しようということで、休業しています。

ライター歴は、丸4年。アラフォー世代前半から、ライター経験なしでスタートして今まで走ってきました。ライター経験なしで、よくもまぁここまで頑張ったと思います。

結婚前からの話と結婚・出産後の話、持病を持つようになり、現在までを紹介します。

結婚前までは転職を繰り返し。最終はお客様相談室

私は大阪の某私立短期大学の秘書科を卒業しました。今から29年前(2021年現在での計算)でした。

秘書科で学んだことは、秘書学や経済学・商学・ビジネス文章制作など、秘書として必要な知識を勉強しました。その中に簿記論も含まれています。

新卒で就職したところはこんなところ

新卒で就職したところは、某有名大手家電メーカー。自分が望んでいなかった「人事部」へ配属されました。人事部といっても、楽な仕事はひとつもありません。女の子だからと言って楽な仕事はなく、パワハラの巣でした。

年に2回の大人事異動の時は、家に帰ることもできずに徹夜の連続でした。それで2年間耐えれたなぁと今でも思いますね。そして、ある日更衣室で倒れてから体調不良で2週間休業しましたが、復帰してもろくなことがなく、退職しました。

その後は1年おきに転職していたかも

一旦、体調を整える為に休養することにしたものの、雇用保険の問題が出たので、休みながら仕事を探しました。

後から考えれば、医師の証明書を出せば、待機期間などの延長はできたのになぁと反省。

住民税の支払いなどで貯金をかなり削ったので、なんとか再就職先を見つけて入社しました。その会社が、私が高校受験で通っていた塾の本部でした。

私を指導してくれていた先生がえらい役職になっていたけれど、かわいがってくれたので、救われたことはあるけれど、やっかみを受けていずらくなって退職。

その時にしていた仕事は、元人事部だったことから、退職手続きと給与計算と入力業務。銀行へデータを持っていく仕事があったので、辞めたくなった時は、銀行帰りに公園でぼーっとしていたものですわ。

仕事がだんだん嫌になった1年後に退職し、求人雑誌で見つけた仕事で採用。生保の事務かと思って採用されたのに、実は生保募集人だったと笑えない話。退職手続きでトラブルが出て、年金手帳では数年後に年金手帳で修正してもらう事態になりました。

ようやく落ち着いたのは、某通信販売会社のお客様相談室

そして、たまたま転職案内雑誌(当時はまだネットは普及していない)で、最後に勤めた某大手通信販売会社のデータ入力に応募して、合格。

最初は、通勤距離の問題でだめだったかもしれないのに、採用担当の課長が「僕より遠い距離の子が来てくれるなんて!」とびっくりしながらも、物珍しさから採用してくれたことでしょう。

採用後は、入力するデータや扱う内容がどんどん変わり、仕事も徐々にランクアップ。女性がほとんどの職場だったので、男性の意見より女性の意見が強い職場でした。

4年目になって「ペンさん、人事異動なんだけれど、お客様相談室いってくれない?」と上司から打診。

なんで私やねん!

というのも、会社の公式サイトの問い合わせから、商品クレームが入りだして、専門チームはあるけれど、ネット慣れしている子が欲しいという要望があり、私や他の子達に声がけをして、お客様相談室へ異動になりました。

お客様相談室のネット担当となっても、電話応答はしないといけないし、途中でノイローゼになりかけてやめようとも思いました。でも、女性同士のチームだったし、助け合って乗り越えられたから、長年勤められたのだと思います。

結婚退職する2年前にリーダー職に任命されて、大変でもあったけれど、楽しく面白く仕事はしていました。

 

現在の私はというと……大変な状況です

2004年に結婚し、翌年一人娘を出産。難産で産後の肥立ちが悪く、さらに出産1年後に引っ越しをした影響下、うつ病になりました。

この頃「産後うつ」が取り上げられていますが、もしかすると、産後2週間を経過していても元気がなかったので産後うつを発症していた可能性は大きいです。

当時担当していた医師から、子供を保育園に預けるようにと言われたものの、空いているといえば、認定外保育園のみ。

双方の親同士で相談して、その当時の家(分譲マンション)を売却して、実家近くの家を購入し今に至ります。その時に、不動産屋のチラシを配るバイトをしていたので、担当の方がよくしてくださったので、高額で売れました。

ライターをしてみたけれど、疲れてしまったというのが本音

やっと落ち着いた環境で、うつ病の治療が始まって落ち着き始めたのは、子供が小4になってから。

たまたま見ていた情報番組で、ライターの仕事を知りました。やりやすそうだなぁと思って、番組で紹介されたところに登録して、お仕事開始。

現実は甘くありませんでした。

今活躍されているライターさんや、すでに辞められたライターさんなら経験していることのオンパレードでした。

それでも4年間頑張って、大手出版社さんにお声をかけてもらえたのですが、心を折るようなひとことに、ついに心が砕けて、ライターから離れることにしました。

病気のことを話していれば、優しくしてくれたのかというと、多分それはなかったと思います。ライターの世界ってそんなものなんですよね。

今は資格取得とブロガーとしての生活

今は、ライター時代にぶら下がりんになっていた「FP技能士」試験の最上級の1級とCFP®︎と他の付随資格をとるべく、傘針生活です。

ブロガーとは名乗っていますが、そりゃお金がたくさんあった方がいいでしょう。でもね、どこまで稼ぎたいかってまだ模索中で、迷っている部分はあります。

ライター時代から稼いでいたものを、アドセンス狩りにあったので、今は検索順位からも下がり収益なんてほぼ出ていません。(2021年3月9

腹は立つし、イライラするし、最近は母が脳梗塞で倒れたので、自由な行動も難しいです。

でも、あるひとつの資格取得を目指して、頑張っていきたいです。

資格など

秘書士(関西の短大で、秘書科在籍。卒業時取得)
長沼静きもの学院認定・助教授
ファイナンシャルプランナー技能士2級の実技のみ合格。
学科合格を目指しながら、AFP®︎認定基本課程を受講中。
1級資格やCFP®︎の取得については検討中。
日本手話技能検定7級(2021年度はほぼ不可なので2022年から再チャレンジ)

一時明治生命に在籍し「事務職」採用のはずが、生保募集人として採用になっていたことが発覚。すぐに撤回を申し出るも退職。

仕事のご依頼など

現在は、持病の関係で医師の指導によりライター業は休業させていただいています。
FPの仕事については、まだ3級という認定なので、簡単なご相談のみといたします。

職歴などから興味を持っていただき、持病についてお答えしても対応可能という条件であれば、ぜひお受けさせていただきたいので、気軽にご相談ください。